大阪地方裁判所 昭和51年(ワ)2535号・昭54年(ワ)3353号 判決
一 請求原因(一)項(原告が本件AB各実用新案権を有すること)、(二)項(AB各実用新案の登録請求の範囲の分説、およびその作用効果に関する主張)は当事者間に争いがない。
二 原告は、イ号製品はA実用新案の、ロ、ハ号各製品はB実用新案の各技術的範囲に属する旨主張するので、以下その当否について検討する。
(一) イ号製品とA考案との対比
(1) イ号製品が原告主張にかかる別紙(〔編註〕省略)イ号図面および同説明書記載のとおりであることは当事者間に争いがない(ただし、その編成方法については被告らはウエーブニツト編ではなくリツプル編である旨主張しているが、この点は暫らくおく。)。
(2) そこで、本件ではまず、右イ号製品がA考案の(ハ)の構成要件を充足するか、すなわち「(生地2をもつて)繭形に形成したことを特徴とするおしめ」であるか否かについて検討する。
1 被告らが「おむつ」と称するイ号製品が「おしめ」であることはいうまでもなく、この点は被告らも自認している。
2 そこで次にA考案にいう「繭形」の意味について考えてみるに、成立に争いない甲第一号証の二によりA考案の詳細な説明をみると繭形の技術的意義については(イ)「全体が繭形で面積が小さい」との記載(公報二欄一七行目から一八行目)、(ロ)「一方3で大きく、他方4で小さい繭形に実施した場合一方の大きい側を尻部側に、他方の小さい側を前部側に当てて……使用すればよい」との記載(同二六行目から二九行目)および(ハ)「外観が繭形の美しいもので……干し場にあつても美麗で体裁よく」との記載(同三欄一行目から二行目)があり、また右(ロ)の説明に対応する平面図として、一方他方とも丸味をおび角張つておらず、かつ中くびれの形状のもの(第一図)が示されているだけであることが認められる。これによると、前記(ロ)の説明と第一図は一実施例にすぎないと解すべきであるから「繭形」を右のような形状にのみ限定するのは相当ではないが、さりとて他にこれを定義づける説明も見当らない。したがつて、ここに「繭形」とは前記のような技術的意図を参しやくしながら一般の社会通念に合致した用語例または語義を調べて理解するほかない。しかるところ、一般に「繭形」とはいうまでもなく元来立体形状をいうのであつて、「繭の形は……遺伝的なものといわれ……日本種とヨーロツパ種は一般に俵形で、中国種は楕円形および球形のものが多い。現在一般に飼育されている蚕品種は、日中あるいは日中欧の交雑種で、……俵形と楕円形との交雑となり、浅くびれの俵形となつているものが多い。」(東洋経済新報社「商品大辞典」昭和五〇年六月一〇日発行版の七四四頁右欄参照。なお、平凡社刊行の「世界大百科事典」二一巻一〇〇頁もほぼ同旨。)ことが当裁判所に顕著であり、前記実施例の形状説明も最も多くみられる右雑種形を念頭においてなされたことが明らかである。そして、以上のような点を考えあわせると、A考案にいう「繭形」とは前記実施例に限定することはできないが、少くとも右に列挙されたような形状を平面的にみた場合のものに限ることが必要である。これを本件に則していうと、少くとも一方他方が丸味を帯びず角張つた形状のものは、たとえそれが中くびれ型であつても、これを「繭形」に含めることは相当でない。
そしてまた、このような帰結が正当であることは次のような二つの指摘によつても明らかであると考える。すなわち、(イ)前示詳細な説明の(ロ)によればA考案はおしめの表面積を小さいものにすることを一つの技術上の課題としていることが明らかであるが、いま所定の長さと幅の生地を考えた場合おしめの効用上さし当り不要と思われる部分をカツトするとすればまず四つの角を隅切りし、それも丸味をおびさせて切り落とすことが当然考えられるところであり、それが前記課題解決に有効である。また、説明の(ハ)で意図した美観という見地からしても、A考案の考案者は古くから公知公用であつた平面長方形のおしめを念頭においてこれに対比する漸進な形として「繭形」を提案していると解され、そうだとすればその形は全体的に曲線によつて型どられた丸味のある形状を考えていたと解するのが自然であろう。(ロ)またさらに、証人平松園江の証言および同証人の証言により真正に成立したと認める乙第四号証の四、成立に争いない同第二六号証の一によると、おしめの平面形状としては本件A考案出願前、ひようたん形が三角形、長方形とともに公知であつたことが認められるから、A考案にいう「繭形」もいきおい右ひようたん形がすでに公知であることもしんしやくし制限的に解するほかない。
しかるに、ここでイ号製品をみるに、いまこれをことさら端部の一部を折り込む等の細工をせず、通常の用法に従い平面状にするときは、どのような場合でもその一方他方は角張つたままで丸味を帯びることがないこと明らかである。すなわち、イ号製品は「繭形」に形成されているものとはいえない。
そうすると、イ号製品はA考案の(ハ)の構成要件を充足していないから、もはや爾余の点について検討するまでもなくA考案の技術的範囲に属しないものである。
(二) ロ号製品とB考案との対比
(1) ロ号製品の<1>ないし<3>が別紙ロ号図面および同説明書のとおりであることは当事者間に争いがない(ただし、その<1>の素材が「通気性のある」ものであるとの点および<3>の形状が「ほぼ長方形」であるとする点については、被告らはこれを争つている。しかし、後者はともかく、前者の争いはB考案の構成要件そのものにも関連する重要な点であるから、ここでは暫らくおき、後に当裁判所の判断事項として説示する。)。
(2) そこで、右ロ号製品の構成とB考案の各構成要件とを対比して検討する。
1 まず、ロ号製品<1>のおむつカバーがB考案にいう「おしめカバー」であつて、B考案の構成要件(イ)Ⅱ(おしめカバーの形状に関する要件)を充足することは被告らが自認し、または弁論の全趣旨からして明らかに争わないところである。
2 そこで次に、(イ)Ⅰの要件に関して検討するに、被告らは、ロ号製品<1>は「通気性に富む」素材を使用していない旨主張している。そして、右の点に関する原告の構造説明を正確に読みとると、それは別紙に明らかなとおり「防水性に富むが通気性のある素材を使用して」いるというのであつて、この説明だけをみると、原告は、ロ号製品<1>に通気性のあることだけを主張し、B考案(イ)Ⅰの要件にいうように通気性に「富む」ことまでは主張していないようにとれなくはない。しかし、その弁論の全趣旨からすると、そのように解することは原告に酷である。したがつて、すすんで、ロ号製品<1>の実態に則し検討するに、鑑定人小林静夫の鑑定結果によると、ロ号製品の<1>のおむつカバーであることに争いない検甲第三号証の一、同第四号証の三(いずれも被告会社が品番二二〇一というもの)の通気性はそれぞれ〇・〇九cm3/cm2/secおよび〇・〇四cm3/cm2/secであつて(単位は一平方糎当り一秒に何立方糎の空気を通すかを示しているもの)、これをおしめカバーの用途に照らし当業者の観点から概括的にいうと「通気性はない」といつてよいものであること、また、様式体裁によつて真正に成立したと認める乙第二一号証の一ないし四(昭和五三年一一月一日付財団法人日本紡績検査協会試験センターの試験成績書)によつても、ロ号製品<1>と認めるべき被告会社の品番二二〇一のおむつカバーの通気度はやはり〇・〇九cm3/cm2/secであつて、右数値の目安として「試験布を口にあて強く吹いてやつと息の通る程度」でも二ないし三cm3/cm2/secであるとされていること、以上のような事実が認められる。
そうすると、ロ号製品<1>の素材は通気性絶無とはいえないまでもその用途に照らし当業者の技術的見地からみると通気性がないといつて差し支えないものであり、まして通気性に「富む」ものではないことが明らかである。
したがつて、ロ号製品<1>はB考案の構成要件(イ)Ⅰを充足しないものである。
3 のみならず、当裁判所は、ロ号製品はB考案の構成要件(ロ)をも充足していないと考える。すなわち、ここでは、まず、B考案は「おしめカバー……に……補助おしめ13と……非吸水性シート11を重ねたおしめとおしめカバー」であることを必須の要件としており、ここに「重ね」とは文字どおり右の三点を一点ずつ重ねてある状態を指すものと解すべきである。したがつて、これらの三点をそれぞれ一枚ないし数枚単位でまとめ包装したものをさらに一つに組合わせた例えば包装したような状態は、たとえ右各三点のそれぞれがその他の要件を充足しているものである場合でも、もはやそれは「重ね」られておらず、本件B考案の技術的範囲に属しない物品であると考える。
けだし、(イ)成立に争いない甲第二号証の二によりB考案公報の詳細な説明をみても、B考案の効用を説くところはすべて三点を重ねた状態について述べられており、他に示唆はなく、B考案はこのように三点を「重ねた」状態を「物品の形状、構造又は組合せ」(実用新案法一条参照)とした考案であると解するほかないし、また(ロ)被告らも主張するとおり、様式体裁により真正に成立したと認める乙第三号証の一ないし三、前掲同第四、第二六号証の各一ないし三、成立に争いない同第六号証の一ないし三、第七号証および前掲証人平松園江の証言によると、右のような三点を重ねて使用する方法はB考案出願前すでに公知公用であつたことが認められるから、B考案(ロ)の要件を解釈するさいにもいきおいこれを拡張して考えることは困難であり、少くとも文字どおりに解するほかないからである(もつとも、このように考えると、かりにこれらの三点がその余の要件を充足しているとしても、重ね合わせた状態になつていない限りB考案の技術的範囲に属さず、権利の実施としての(すなわちB実用新案権侵害行為としての)製造販売行為(実用新案法二条三項参照)を把えうる場合は実際問題として極めて限定される結果になるのであるが、このような結果も、前記のような考察やもともとB考案自体しかく基本的な考案とはいえないものであり、それは、全部公知といわないまでも、そのおおかたの構成要件はすでにB考案出願前公知であつたことが被告ら挙示の証拠によつて明らかであること(事実摘示欄五の被告らの主張(二)(3)の項参照)等を彼此総合して考えるとやむをえないと解する。)。
しかるところ、本件に顕出された全証拠によつても、被告会社が右三点を前記のような趣旨において「重ね」た状態で製造販売したことを裏付けうる証拠はない。被告らは、過去において一時的に被告会社において三点を一つの包装に組合わせて(ただし、そのそれぞれは一枚ないし数枚にまとめられ包まれている状態で)販売したことは自認しているが、このような組合わせが「重ね」たことにならないことは前示のとおりである。かえつて、証人西山文史の証言によると、被告会社は右例外の場合を除き、ロ号製品の<1><2><3>はいずれもそれぞれの単品として製造し、そのそれぞれを一枚ないし数枚単位で包装して販売していることが明らかである。
そうすると、ロ号製品はB考案の(ロ)の要件中の三点重ね合わせの要件をも欠いていること明らかである。
成立に争いない甲第四号証(被告会社作成の被告会社製品のカタログ)にはテビロンおむつの利用法として被告会社のおむつカバー、おむつ、テビロンおむつ(テビロンメツシユ)を一枚ずつ重ね合わせて使用する方法を宣伝していることが認められるが、右事実は単に利用法の一つを説いているにすぎないから、これをもつて前記の判断を左右できないことはいうまでもない。そうすると、ロ号製品は爾余の点について検討するまでもなくB考案の技術的範囲に属しないものである。
(三) ハ号製品とB考案との対比
(1) ハ号製品の構造が別紙ハ号図面のとおりであることは被告らも自認し、または弁論の全趣旨に照らし明らかに争わないところであるが、その説明については<2>の説明を除き争いがある。しかし、被告らの弁論の全趣旨によると、原告の<1>と<3>の説明についてもその大部分は認める趣旨であり、技術上真に争うべき点は限られており、かつそれはB考案の構成要件そのものにも関連する重要な点に関すると思われることロ号製品の場合と同様であると解されるので、ここでは、右の点は暫らくおきすすんで対比の検討をする。
(2) よつて、按ずるに、
1 まずB考案(イ)Ⅰの要件に関しハ号製品<1>のおむつカバーの素材について検討するに、右の点に関する原告の説明もロ号製品<1>の説明と同一でその説明自体問題が存すること前記ロ号製品<1>の場合と同様である。しかし、ここでもいたずらに原告主張の文言だけにとらわれることなく、すすんでその実態に則し検討するに、前掲鑑定人小林静夫の鑑定結果によると、原告がハ号製品<1>のおむつカバーであると主張する検甲第八号証の三の防水性(耐水度)は二一・二cm(二一・二cmの水圧に耐えうること)、通気性は三五・三cm2/cm2/secであること、これをおしめカバーの用途に照らし当業者の技術水準から概括的にいうと「ある程度の防水性を有し、通気性も有する」といえるものであることが認められる。
そうすると、ハ号製品<1>の素材は、通気性の点ではロ号製品<1>よりも大であるから暫らくおくとしても、防水性の点ではたかだか「ある程度」これを具有しているだけで防水性に「富む」とまではいえないと解するのが相当である。
したがつて、ハ号製品<1>は右の点においてB考案の構成要件(イ)Ⅰを充足していないものといわなければならない。
2 のみならず、当裁判所は、ハ号製品はB考案の構成要件(ロ)をも充足していないと考えるものであつて、その理由とするところは、ロ号製品について説示したところと同一である(さらに、ハ号製品については、被告会社においてかつて一時的にせよこれを組合わせて販売したことがあるかどうかすら疑問であり―被告らの弁論の全趣旨によると検甲第八号証の三ないし五の三点についての組合せ販売を自白しているとは考えられない。―、もとよりその確証もない。検甲第八号証の一ないし六によると阪急百貨店においてハ号製品の<1><2><3>を組合わせ販売したことが認められるが、これとても被告会社自身が一つの包装をもつて組合わせたものではなく、同百貨店の一つの販売形態にすぎないと解するほかない。)。
そうすると、ハ号製品もまた爾余の点について検討するまでもなくB考案の技術的範囲に属しないものであること明らかである。
三 はたしてそうだとすれば、被告会社が業としてイ、ロ、ハ号各製品を製造販売することはなんら原告のAB各実用新案権を侵害するものではないから、原告の被告らに対する右権利侵害の事実を前提とする本訴請求は爾余の点について判断するまでもなくすべて失当である。
よつて、原告の請求を棄却する。
〔編註〕本件における実用新案権は左のとおりである。
1(イ) 名称 おしめ
(ロ) 出願 昭和四三年四月三日(実願昭四三―二六五一六)
(ハ) 公告 昭和四八年六月一日(実公昭四八―一九三二八)
(ニ) 登録 昭和四九年二月七日(第一〇二八三四九号)
(ホ) 実用新案登録請求の範囲
「吸水性の高い糸を使用して一部1をたくらせ、これを押さえて凹凸感のある風紋状に編成あるいは織成した生地2をもつて繭形に形成したことを特徴とするおしめ。」
(以下A実用新案権といい、その考案をA考案という。)
2(イ) 名称 おしめとおしめカバー
(ロ) 出願 昭和四二年一〇月二六日(実願昭四二―九〇八八九)
(ハ) 公告 昭和四八年六月一日(実公昭四八―一九三二七)
(ニ) 登録 昭和五〇年三月三一日(第一〇七三五六七号)
(ホ) 実用新案登録請求の範囲
「柔軟で通気性に富む通常のメリヤス生地にシリコン防水液などをコーテング及びパデイングして防水加工を施してなる防水性ならびに通気性に富む素材を使用して中央片1の左右に翼状片2、3ならびに下方に折返し下片6を一連に形成したおしめカバーの中央片ならびに折返し下方の内面に吸水性のある補助おしめ13と更に多数の通水孔12を有する非吸水性シート11を重ねたおしめとおしめカバー。」